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「連載企画 『新システムで保育はどうなるの?』 Vol.4」

政府は3月30日、消費税増税法案とともに、子ども・子育て新システム(以下 新システム)関連法案を閣議決定し、国会に提出しました。通常国会での成立をめざし、2015年度の消費税率10%へ引き上げの段階からの完全実施をめざすとしています。

 

法案では、市町村の保育実施義務を定めていた児童福祉法24条は改悪され、児童福祉としての公的保育制度を解体し、保育を市場化。保育所入所が保護者の自己責任となることがいっそう明確になりました。

 

これまでも、新システムに対し、保護者・保育関係者らから反対の声があがり、地方議会でも撤回を求める意見書が多数採択されるなど、全国各地で反対運動が展開されてきました。閣議決定後の現在も「最後まであきらめない」として署名を軸に法案撤回を求める運動が続いています。

 

第四回目の今回は、「子どもを守れない」といわれる新システムの問題点、政府のねらい、そして、子どもを守るためにはどのような制度が求められるのかを改めて考えていきたいと思います。

新システムの問題点
子どもの権利を侵害する新システム

新システムの最大の問題点は、子どもの保育を受ける権利を保障するための裏付けとなる「保育実施の公的責任が放棄される」ことです。

 

現行制度では児童福祉法に基づき市町村の責任で保育が提供されます。そして、国が定めた最低基準により、全国どの地域においても同じ水準の保育の質が保たれ、保育料も所得に応じた負担になっているため、所得の格差が子どもたちの受ける保育の格差につながることはありません。

 

しかし、新システムは企業参入を容認して、「保育の市場化」を進めるものです。保育の基準(職員配置・施設面積等)の引き下げや規制緩和により保育の質が下がることが予想され、現在のような子どもの発達保障のための保育実施がほとんど不可能になると危惧されています。

政府のねらい
消費増税実現のためのイメージづくり

もともと、新システムは消費税増税とは別個に検討が進められてきましたが、2011年5月23日の「総理指示」以降、社会保障・税一体改革の優先課題に躍り出ることになったのです。

 

「高齢者3経費」(基礎年金、高齢者医療、介護保険)に充てられている消費税分の使途を、少子化対策を加えた、「社会保障4経費」として打ち出しました。これは消費税増税をしても大半が高齢者の増大による自然増部分の費用に費やされて(とくに年金)充実が図れない中、「すべての子どもの良質な生育環境の保障」という謳い文句で、子ども・子育て支援の分野では充実が図れるかのようなイメージを与えるため、との見方もあります。

財源は消費税でなければならないのか

そもそも、社会保障の財源を消費税とすること自体が問題であるとの指摘もあります。低所得者ほど収入に対する生活必需品購入の割合が高いため、消費税が上がると高所得者よりも税負担が大きくなります。このような逆進性の強い消費税を社会保障のための主な財源とすると、給付抑制への圧力が強まり、社会保障が不安定化するからです。

 

消費税よりも所得税や法人税など大企業や富裕層への課税強化を行いそれを財源にすべき、との意見もあります。

新システム導入の前提が崩れてもなお

当初、幼稚園と保育所を一体化し、二重行政や待機児童を解消するとしていた新システムですが、役割も歴史も違う施設をひとつにするには慎重な議論が必要です。しかし、強引に議論を進め、批判が出るたびに修正を繰り返し取り繕ってきた結果、新システムは複雑で分かりにくいものに。保育制度を変える前提が総崩れとなってしまいました。

 

新システム導入の口実が崩れてもなお、政府は新システムを推し進めています。そこからは一貫して変わらない政府のねらいが見えてきました。

見えてきた新システムの目的と本質

「子育て支援の充実を図ろうとするならば、増税。」という最悪の二者択一となった場合、子育て世代は「充実のためならば仕方がない」と応じるかもしれません。しかし、多くの国民(特に子育て世代ではない国民)は増税に反対するでしょうから(政府が消費税増税法案を閣議決定した後の世論調査では「反対」が60%で「賛成」37%を上回った)、充実よりも抑制へ強力な圧力がかかることになります。新システムは子育て支援の拡充ではなく、「給付抑制を目的とした改革案」ともいえます。

 

このように、新システムの目的は「公費を抑制し保育を市場化するための仕組みを構築すること」にあり、その本質は、現行の公的保育制度を解体し、介護保険や障害者自立支援法のような直接契約・利用者補助方式に転換するものです。

求められる制度とは

「新システムで保育はどうなるの?」 イメージ1

「少子化だから待機児童問題は一時的」という考え方があります。確かに今のままでは子どもの人口は少なくなるのですが、共働きの増加などで入所希望は増えるので保育所に入る子どもの数は減らないのです。このことから考えても、新システムの導入ではなく、現行の保育制度のもとで保育分野への公費を増やし、待機児童解消への認可保育所の増設を進めることが求められます。

 

日本の保育・子育て支援への公費投入は先進国のなかで大変低い水準で、「子育て支援後進国」といわれる状況にあります。日本の将来を担う子どもたちを守り、育てていくことは、今後の日本のあり方に深く関わってきます。人間にとって人生最初の数年間を豊かにすることが、社会を豊かにするもっとも確かな道です。そのためには、しかるべき公費を投じ、国と自治体の責任のもと、平等で質の高い保育を実施すべきと考えます。(順)

 

 

■取材協力/南九州大学 人間発達学部子ども教育学科 黒川久美教授

■主な引用・参考文献/
伊藤周平「子ども・子育て新システムと保育・学童保育」鹿児島県児童クラブ連絡協議会学習会資料2012年3月、村山祐一「たのしい保育園に入りたい!」新日本出版社2011年5月

「社団法人宮崎県保育連盟連合会理事長 井之上 隆潤氏(早鈴保育園 園長)」 写真

新システムについて、
社団法人宮崎県保育連盟連合会理事長 
井之上隆潤氏(早鈴保育園 園長)に
お話を伺いました。


連盟は県内の保育所(園)の更なる連携を目的に、平成17年7月、「宮崎県保育協議会」、「日本保育協会宮崎県支部」、「宮崎県私立保育園連盟」の3団体を合併し設立。現在、保育所(園)や児童館など374施設が加盟し、勉強会や情報交換などを行っています。県内・九州全域と連携して新システム反対運動を行ってきました。
見えていない新システムの問題点
新システムの「すべての子どもに学校教育・保育を」という謳い文句はいかにも万人がよろこびそうな言葉ですが、施設の種類を年齢で分けるなどというシステムは、子どもの育ちの連続性を妨げるものです。新システムによって待機児童が急激に解消されるとは考えにくく、新システムの議論では想定しておかなければならない危険なことがたくさん置き去りにされています。そこで一部を紹介します。
保育の必要量の認定

●認定される保育時間の有効期限は何ヶ月か、何年か。例えば、有効期限6ヶ月として、4時間の認定を受けたとします。1ヶ月後に8時間働くことになった場合、残りの5ヶ月の期間は4時間ごとのオプションとして別料金を払うことになります。また、その逆もあり、変更があった時点でどのように対応するのでしょうか。

 

●極端かもしれませんが、例えば、職業として認められていない「ギャンブル」で生計を維持していると主張する家庭がある場合、どのような形で保育時間の認定がされるのか、また、ギャンブルでの収入は税申告しないため、保育料の算定はどうするのかなど疑問です。

前途ある子どもたちに幸せを約束できるのか

●少子化対策として始まった新システムの議論は待機児童対策にすり替わり、「待機児童をなくす」と聞こえのいい言葉で宣伝されています。

  また、「子どもを社会全体で育てる」といっていますが、言い換えれば「社会全体にお金を出させる」ということであり、要はいかに国の予算を削るかということです。これは国の責任放棄につながっていきます。子どもの育ちに国が予算の出し渋りをすれば、子どもたちの幸せは守れません。

 

●幼保一体化と称し、「総合こども園」に衣替えすることになっていますが、わざわざ一般に分かりにくく、複雑化してまで制度を変更する必要があるのでしょうか。現行制度を基礎に発展させるのが子どもたちの幸せの道だと考えます。

 

「新システムで保育はどうなるの?」 イメージ2

●新システムの議論は、幼稚園や保育所を産業化しようとの方向性の表れです。それが利用者と施設の直接契約という形になることではっきりしています。そうなれば、運営(経営)を安定させるために施設は経費を節減・削減し、いかに利益を出すかに神経を傾けることになります。その結果、子どもたちにしわ寄せがきてしまうことが懸念されます。

  施設を指定制にして、上限はあるものの、株式会社等の企業経営施設には配当を認めるとしています。このことでも産業化しようとのもくろみは一目瞭然です。

 

●新システムは介護保険を手本にしているといいます。介護保険は経済的にゆとりある家庭は「要介護度5」になっても支払えますが、ゆとりのない家庭は少々の助成はあっても受けたい介護をあきらめなければならない状態です。介護保険を手本にされたら保育も弱者が切り捨てられます。

 

●「総合こども園」になった場合、介護保険や医療保険のように、運営費(報酬)は後払いになり、どの施設の運営(経営)も安定しません。そのことは当然、子どもたちへの悪影響として表れることになるでしょう。