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「『新システムで保育はどうなるの?』 Vol.1」

みなさんは現行保育制度の公的保育保障が「子ども・子育て新システム」(以下新制度)によって変わろうとしているのをご存知でしょうか。

 

これは、乳幼児にかかわる施策や予算を一元化するとして国が提起した制度「改革」案です。国は2011年度中に制度改革の準備をほぼ完了させ、2013年度から実施しようとしています。

 

新制度は「単なる給付の一体化」、「保育の市場化(企業参入)がねらい」ともいわれており、財源確保が未知数であることや、所轄問題、保護者負担はどうなるのかなど問題は山積みで、全国では新制度反対・現行制度の拡充を求める運動が広がっています。

 

そこで、この問題に詳しい南九州大学 人間発達学部子ども教育学科 黒川久美教授に話を伺い、新制度と今後の保育についてみなさんと一緒に考えていきたいと思います。

 

 

●幼保一体化というけれど

 

この新制度の目玉とされているのは「幼保一体化」と「待機児童解消」。これは幼稚園や保育所のほかに新たに「総合施設※仮称」をつくり、「園が増えて選べるようになる」、「いつでも誰でも預けられる」などあたかも待機児童などの問題が改善するかのように強調されています。

 

しかし、一体化どころかとても複雑な制度になってしまい、保護者はどこを選べばよいのか分からず混乱を招きかねません。また、待機児の把握ができなくなる恐れがあるため、「本当に待機児童問題は解消されるのか」との疑問の声があがっています。

 

 

●幼稚園と保育所は制度上どう違う?

 

幼稚園の入園対象は3歳からの希望する幼児で、午前中を中心とした短時間保育で学校教育機関(管轄…文部科学省、保育者…幼稚園教諭)。一方、保育所の入所対象はゼロ歳児からの「保育に欠ける※1」乳幼児で、保育時間は原則1日8時間(厚労省通達では通常保育は11時間)、教育的機能と福祉的機能が一体化された児童福祉施設(管轄…厚生労働省、保育者…保育士)。幼稚園とは保育時間や教育日数も大きく異なります。

 

どちらを選ぶかは親の生活スタイルによって決められ、幼稚園は家庭育児の支援が中心になりますが、保育所は子育て支援と就労支援の両方が必要となるため、その役割や機能の違い、子どもへの対応の違いが生じます。幼稚園と保育所は歴史的ルーツも違い、これまでそれぞれの歩みをしてきました。

 

 

●「選べる」というけれど、本当?

 

「園が選べて預けやすくなる」というけれど、本当にそうなのでしょうか。現行の保育制度と新制度を比較して入所までの流れをみてみましょう。

 

 

現行制度

(1)保護者が希望する保育所名(公立・私立とも)を記入した入所申込書、就労証明書を市町村に提出。

(2)市町村が「保育に欠ける※1」と認定し、入所する保育所を決定、保護者に入所決定通知書を送付。

(3)入所後、保育料(保護者の所得により決定)は市町村に支払う。

 

 

新制度

【1】保護者は市町村へ申請し、勤務時間により保育の必要性と量(時間と日数)を判断(要保育度認定)してもらい、必要性が認められた子どもは「公的保育を受けることができる地位」を付与される。保育の公定価格(公的補助額と保育料)が決められ、補助金が保護者に支給されるというかたちだが、施設が代理受領をする。※但し、施設を利用しなければ補助金の支給はされない。

【2】保護者自身で施設を探し、直接入所の契約をする。保育料は直接施設へ支払う。

 

 

現行の保育制度を支える重要な柱となっているのは児童福祉法第24条で、「保育に欠ける※1」すべての子どもについて、市町村は責任をもって保育所に入所させ、保育を提供する「保育実施義務」と、最低基準を超える水準を確保した保育所保育を提供すること(児童福祉法第45条)が義務づけられています。ところが、新制度では市町村に保育実施義務はなく、「要保育度認定」と「補助金の支給」、「情報提供」の仕事に限定されます。

 

そのため、保護者は自己責任で施設と直接、入所の契約をすることになります。認定されても契約できなければ保育は受けられません。そして、入所できない場合は保護者の自己責任となります。

 

また、児童福祉施設の最低基準はなくなり、国が定める新たな基準(省令)に基づいて各都道府県が条例を制定することになり、保育水準の格差が広がると予測されます。

 

 

●保育料の負担増

 

現在、保育所運営の経費は国と自治体で負担し、保護者はその経費の一部を保育料として、所得に応じて負担する制度です。しかし、新制度では、認定された保育時間に応じた負担となり、所得は考慮されません。   

 

保育時間が長ければ保育料も高くなり、認定された保育時間を超えた場合は保護者の全額負担となり、負担できなければ必要な保育が受けられず、保育料滞納で退所を余儀なくされるなどのケースも考えられます。

 

また、現行制度では市町村の責任で1日の保育保障を行うことから、給食代、おやつ代は保育料に含まれており、子どもはすべて平等に食事やおやつをとることができています。しかし、給付基準が時間単位の単価額になる新制度では給食代などが全額自己負担となり、子どもたちにとって1日の楽しみでもあり、大切な「食育」がおびやかされる可能性があります。

 

 

●新制度で子どもの福祉は守られるのか

 

これまで児童福祉法で守られてきた乳幼児の生活と発達の保障。保育所は受け入れのための余力がないなどの場合を除き、入所の受け入れが義務づけられ、生活難などの理由で親が保育料を支払えないという場合でも、「保育に欠ける(※1)」子どもを路頭に迷わすことになってはいけないため、子どもを退所させることはできないルールになっています。

 

市町村の保育実施義務がなくなる新制度では、「誰が責任をもって行うのか」という問題が発生します。その問題を個人に委ねてしまえば、守られるべき子どもの生活に貧富の差が持ち込まれることになり、所得の低い家庭の子どもは放置され、路頭に迷ったり、家に閉じ込められる状況が生まれる可能性もあります。このように子どもの権利が踏みにじられかねない事態が予測でき、子どもの将来が心配されます。 (順)

 

 

■取材協力/南九州大学 人間発達学部子ども教育学科 黒川久美教授

■主な引用・参考文献/村山祐一「たのしい保育園に入りたい!」 新日本出版社2011年5月

 

 

※1「保育に欠ける」…入所の要件となることから、両親の就労や疾病、就学、親族の介護、離婚や離別などにより、一日の一定期間、家庭育児が出来ない状態・状況におかれている子どもを指す