2013年度に国が実施しようとしている「子ども・子育て新システム」(以下新システム)。11月号では現行保育制度の公的保育保障と新システムの違いをみていきました。
同号で実施した読者アンケートでは新システム導入反対の声がある一方で「新システムに変わること自体、知らなかった」、「子どもが小学生だから(大きくなったから)あまり関係がない」、「預けやすくなるのであればいいのでは」、「幼稚園は変わらないんですよね?」、などの意見も聞かれました。
新システムは子どもの成長と日本の将来に大きくかかわる問題です。制度が変われば財源や予算も変わり、小学生が利用する学童保育(放課後児童クラブ)などの制度も変わります。果たして本当に関係ないといえるのでしょうか。
そこでさらに新システムの中身を検証し、一緒に考えていきたいと思います。第二回目は「保育の質」と「学童保育」がテーマです。
現行制度は、「市町村の保育実施責任」、国の責任で作成される「児童福祉施設最低基準」、「保育実施にかかる費用負担に関する国と自治体の責任」とういう3つの公的責任を土台につくられています。児童福祉法24条で市町村に保育実施が義務づけられているのは次のような理由からです。
第一に、保育料が払えないなどの理由で入所できず、乳幼児が路頭に迷うような状況を予防すること。第二に、入所したすべての子どもに等しい保育を提供し、子どもの成長・発達を保障すること。第三に、この取り組みを通してすべての市町村で地域の乳幼児期の子どもの状況を把握し、安全・安心な子育て支援のための仕組みの構築をすすめること。
この制度が機能するためには、保育所の整備や運営への国と自治体の財源保障が必要不可欠なのですが、新システムではこれらの公的責任が大きく後退するのです。
また、新システム導入で幼保一体化や待機児童問題の解消が図れるかのようにいわれていますが、実際は増え続ける保育に対して公費をなるべく支出しないように、保育を市場化し、企業参入させるための仕組みを構築しようとしています。
「保育の質」を考える上で企業参入は果たしてよいものなのでしょうか。
国は一定の基準を満たせば自治体の指定を受けられる指定制の導入によって企業参入をすすめ、保育の量的な拡大を狙っています。
これまでも待機児童問題を規制緩和で解決しようとしたため、園庭のない保育施設が増えたり、狭い保育室に子どもが詰め込まれたり、事故が増えるといった問題が発生しています。企業の参入は利益を優先させるあまり、同じような事例が起こる可能性も否定できません。
また、現行制度では保育所の調理室で調理員が給食を作るよう最低基準が定められているため、子ども一人一人の体調やアレルギー、離乳食等についても配慮されていますが、コストを低く抑えるために外部搬入の給食などが取り入れられ、従来のような細やかな配慮や食育は難しくなることも予想されます。
現行の補助金制度は保育以外に使ってはいけないといった規制があります。しかし、この使途制限の規制がなくなり、株主配当などの保育以外の経費にも充てることができるようになるのです。そうなると子どものための保育予算が保育以外にも使われる可能性が出てきます。
さらに、利益追求のため、狭い保育室にたくさんの子どもを詰め込み、保育者一人あたりの子どもの数を増やしたり、職員の人件費を削ったりパート化することなども十分考えられます。
現行制度の保育は子どもたちに分け隔てなく平等なものとして保障されています。しかし、新システムでは時間外などの上乗せ徴収の設定が自由になるため、企業が利益をあげるために時間外の英語やピアノなどをオプション化することが考えられます。
オプションが増えれば家庭の負担が大きくなり、我が子が仲間はずれにならないようにと半ば強制的にサービスを買わざるを得ないことになるかもしれません。また、サービスが買えない場合は利用制限につながるとの懸念もあります。
子どもたちが社会性を身につけることのできる大切な保育の時間に家庭の経済格差が持ち込まれることも心配されます。
新システムをめぐっては、乳幼児の問題が主に議論されており、学齢児の問題はあまり注目されていません。しかし、新システムは学齢児の生活にも深く関係し、学童保育が新システムの構想の中に含まれているのです。
共働きや母子・父子家庭、核家族が増えるなか、小学生の放課後と春・夏・冬休みなどの子どもの生活を保障する学童保育はなくてはならない施設です。学童保育に子どもたちが入所し、安心して生活を送ることができることにより、親も仕事を続けられ、親の働く権利と家族の生活を守るという役割も果たしています。
本来は国が責任をもって施設整備や指導員の改善などを進めることが必要ですが、新システムでは学童保育は市町村任せの事業として放置されることになります。
学童保育は従来から国や自治体の責任があいまいでしたが、そのような状態が新システムで固定化されることになります。これにより、今でも大きいとされる市町村格差がさらに拡大することになりかねません。
また、新システムでは「学童保育のための国からの補助金」がなくなり、国から自治体へは「包括交付金」という形で交付されます。しかし、これは「子ども・子育て全体の財源」としてまとめて交付されるため、これまでのような「学童保育のためのお金」というはっきりとしたものでなくなるため、学童保育の予算が削減・抑制されることが考えられます。
さらに、国の事業である障害児受け入れ推進事業が廃止されることも考えられ、障がいのある子どもに重大な影響が及ぶ可能性があります。
■取材協力/南九州大学 人間発達学部子ども教育学科 黒川久美教授
■主な引用・参考文献/村山祐一「たのしい保育園に入りたい!」 新日本出版社2011年5月
■「ちいさいなかま11月号」 2011年11月
新システムについて都城市社会福祉法人立保育園園長会会長 藤田雄三氏(たんぽぽ保育園園長)に話を伺いました。
園長会は都城市の認可保育園44カ園が加盟しており、月に1回の会合と市役所との会議を行っています。
12月16日には南九州大学黒川久美教授を招き、新システムについての勉強会を行いました。
●新システムの導入反対
都城市の認可保育園長会加盟44カ園を始め、九州全域の保育園が新システム導入に断固反対を表明しています。九州支部では今年10月、反対署名を国に提出しました。
●なぜ反対?
◇児童福祉法の重要性
第一に現行の保育制度の柱である児童福祉法第24条の大幅な改正が問題です。この法律によりこれまでの子どもの福祉は守られてきました。法改正がなされれば、先に実施された介護保険や障害者自立支援法と同じような仕組みになり、「福祉の切り捨て」がまた行われることになります。国の財政の都合でこのようなことがあってはなりません。
また、これまで子どもの保育は前述の法律により、全国一律に保障されてきました。しかし法改正された場合、市町村の保育の実施義務はなくなり、財源は一般財源化されます。そうなると大都市と地方で保育の地域格差は拡大します。保育は全国平等であるべきです。
◇不明のままの財源と予算
現在、新システムの財源となる2015年度実施予定の消費税増税について議論されていますが、新システムの実施は2013年度とされており、財源、予算ともに不明のまま議論されている状況です。そのため予算は当初の半分近くに減るなど、定まらないまま議論が続いています。本来であれば財源と予算が決定した後、現行制度をいかしながらの現実的な検討がなされるべきです。
◇企業参入の問題点
新システムの目玉とされている企業参入にも反対です。
人間形成の基礎となる保育を産業化、サービス化しようとしているのです。一定の基準をクリアすれば参入も撤退も自由な指定制となった場合、安定した保育は継続されません。企業は採算が合わなければ撤退するでしょうから、「保育園がない地域」が出てくることも考えられます。
最低基準が緩和されると、営利目的の企業は少ない経費でたくさんの子どもを預かる「詰め込み型の保育」となることも予想され、当然、保育の質も下がることが予想できます。また、待機児童問題が深刻化している都市部では大手企業の参入もあるでしょう。
一方では「誰でも預けられ、基準以上の保育が受けられるようになる」などと一部マスコミが報じていますが、そのような基準以上のサービスを行う園に入る場合は当然、高額の保育料がかかります。一部の裕福な家庭の子どもは質の高い保育を受けられるようになると思いますが、大半の一般的な家庭には負担が大きいものになると思われます。
また、障がいを持った子ども、3歳児未満など手のかかる子どもなどは、一人当たりの保育の経費がかかるため受け入れる企業は当然少なくなるでしょう。
◇モデルはイギリスの保育制度
今年9月、京都で行われた全国私立保育園連盟全国調査部長会議に参加しました。同志社女子大学 埋橋玲子教授によると、新システムはイギリスの保育制度を真似たものだそうです。
新システム導入後のイギリスの総合施設は「遊園地化」しており、様々な施設などは整備されているものの、登・下園時間がバラバラのためみんなで過ごす時間が取れず、時間内に子どもたちにそれぞれ好きな遊びをさせ、大規模な施設の中で保育者は事故などがないかを見守るだけという状況。新システムが導入されれば、日本もこのような保育になるのではないかと危惧しています。
●保育とは本来どうあるべきか
子どもにとって保育園は「家庭保育の延長」、「家庭的な大きな家」であるべきと考えています。生まれた環境、親の所得や就労形態も違う中で、園では法律に守られ平等に過ごすことができるのです。
一日の大半を過ごす保育園は、「施設に行く」という感覚ではなく、子どもが家庭から自然に入っていける、安心できる場でなければなりません。園には同じ年の子ども、年上や年下、先生もいます。子どもたちは毎日の園生活の中で自然と社会の中で生きていくルールを身につけていきます。
また、子どもは成長の速度や個性がそれぞれ違うため、一人一人と向き合える環境が必要です。「どのような環境で過ごすのが子どもにとって一番いいのか」を考えた時に、新システムの保育のあり方は子どもの健やかな成長に沿うものではなく、生活リズムを崩しかねない「大人視点のシステム」であると考えます。子どもの視点にたって議論されるべき問題です。
新システムの改革案、児童福祉法第24条の改正案が通ってしまってからでは手遅れです。その前に阻止しなければならないと考えています。そのためにはみなさんの関心とご理解、ご協力が必要です。
これからの日本の未来を大きく左右する大変な問題です。すばらしい現行制度を守り、残していくためにも保育にかかわる方はもちろんのこと、国民全体で考えていかなければならない問題でもあります。(順)
※新システムは、現段階(2011年12月19日時点)では法律案としては提起されていません。