11月28日(土)に、エムズガーデン内エムズホールにて開催される「村松健 ゆるっとライブin都城〜誰かが君を待っている〜」。多数のCM曲やアニメーション音楽を手がけている村松健さんに音楽のこと、奄美大島のこと、様々なお話を伺いました。
Q.東京から奄美大島へと移り住まわれたきっかけ、奄美大島の魅力は何でしょうか?
──幼い日に見たチョウの図鑑の中、ティーンエイジの頃耳にしたシマウタ、ソロデビューして間もない頃に頂いた一通のファンレター…。そうして導かれるように島との縁が繋がりました。 僕にとって奄美大島の魅力は、居心地が良いこと。そして何よりも、僕の色んな方面への興味を満たしてくれることです。
Q.奄美大島での音楽活動について教えて下さい。
──音楽制作の拠点である島のレコーディングスタジオからは、自身のアルバムを始め、CM音楽やアニメの劇中音楽などを発信。そして夏には、島の聖地を巡り誘う、神様に音を捧げる「うとぅぬうしゃぎむん」という野外ライヴを続け、今年で6回を数えます。その他、離島の子供達を訪ねて、自作の曲を演奏し、音楽が生まれるところを感じてもらったりしています。
Q.村松さんが探求している音楽の世界とは?
──僕は音楽の中で懐かしさを探求しているのですが、それはかつて経験したそれではなく、初めて聴くのに懐かしい、つまり僕達日本人の身体の中に刻み込まれているメロディを導き出したいという風に思っています。そして、暮らしの中で自分自身に戻る時間を見つけてもらえる「気付きの音楽」を届けられたらと思っています。
Q.三線を始めたきっかけ、三線の魅力を教えて下さい。
──かつて僕が初めて島を訪れた頃には、夕涼みに街を歩けばいたるところから三線の音色が聞こえてきました。それはまるで江戸時代を再現したかのように…。その風景の一部になりたくて三線を弾き始めました。初めはシマウタをつま弾いていたのですが、あるとき自分のオリジナルを奏でると、そこに新たな可能性を見出しました。それは伴奏として使われることが常である三線という楽器を、その「音色」と「うたごころ」で独奏楽器として聴いてもらうという手法です。
Q.最新作について教えて下さい。なぜ、今、島のサウンドトラックなのか、現代の人々に必要なものとは?
──僕はこの地を愛し、光と風を集めるようにして、この地に流れる時間の中から音楽を生み出しました。そんな意味で、この音楽は島のサウンドトラックだと…。
現代に暮らす人々に必要なのは、本当に必要なものだけのシンプルライフと、自分が自然の一部である事を感じられる身体感覚。無意識の内に誰もがそれを求め始めていると感じています。
Q.島発ワールドミュージックとは?
──これは皆さんに感じてもらえば良いことなのですが、奄美大島という日本の懐かしさの痕跡を留めた場所で、地に足をつけて、この国の叙情や精神世界を、島から世界に向けて発信したいという、僕の音楽のスタンスを表現した言葉です。
Q.今、大切にしているもの、こと、言葉を教えて下さい。
──My Spiritual Home 一人一人が、魂が喜ぶような幸せを手にするということ。そしてそれを諦めないこと。
Q.読者へひとこと
──繋がりをいただいて、秋の終わりに都城に初めてお邪魔することになりました。 自分自身にとっての幸せの在り処を見つけたい方、そして、木枯らし吹き下ろす季節に、愛を感じて心あたたかく過ごされたい方、ぜひ僕のピアノと三線の音色を感じにお集まりください。
■村松 健(むらまつ けん) ピアニスト/作曲家/奄美三線弾き
1962年東京生まれ。幼少からピアノをおもちゃ代わりに、東〜わらべうた・シマウタ、西〜クラシック・ジャズ・ブラジル音楽など世界中の心地よい音楽を浴びて成長し、独自のなつかしい音世界を育む。成城大学在学中の1983年にデビュー。以来、自作自演のスタイルで届けられたアルバムはすでに35作。心のままに音を紡ぐ日々を送る。19年前、導かれるように渡った奄美で、ミハチガツ(旧暦8月)のひと月を過ごすように。2004年、島暮らしの傍らで生まれる音楽を旬のタイミングで届けるべく、キーンムーンレーベルを設立。以来、全ての制作は島のスタジオで行われ、全国へと届けられている。近年はアニメ音楽を手がけるなど、ますますアグレッシヴに活動中。デビュー以来手がけたCM音楽は多数(アフラックストーリーCM、ミツカン味ポンCMなど)。奄美大島在住。
オフィシャルサイト/http://www.ken-muramatsu.com |